中国語の発音表記の話をしなければなりません。
普通、日本で中国語を学ぼうとすると最初にピンインを覚えます。
ピンインは現在の中国でも普及しているもので、ラテン文字を元にしています。
これに対して台湾では注音符号という、漢字を元に作った日本の仮名文字のような独特のものを使用しています。
もう一つ、ウェード式というローマ字表記方法があります。現在では外国語として中国語を学ぶ際にウェード式を利用することはまずないのですが、台湾の人が自分の名前や中国語の固有名詞を英字表記する際にはウェード式を基礎とした綴り方をします(記号のような要素を省略していますが)。
たとえば台湾の地名の高雄は英字表記でKaohsiung(ウェード式)ですが、これはピンインでGaoxiongと綴るのと同じ発音に基いています。
もっとも、台湾の地名には台湾語等の方言音から英字表記が決まっているものも多いのですよね。たとえば基隆は方言音に基づいた英字表記がKeelung、ピンイン系ではJilong、ウェード式系ではChilungになります。
話が脱線しました。
なお、歴史的にはこの他にラテン化新文字や国語ローマ字と呼ばれるものも存在していますが、当ブログでは紹介しません。
さて、前置きが長くなりました。
特に断らない限り当ブログではピンインを使います。
そういうわけで、現在の普通話には以下の21個の声母が立てられています。
b, p, m, f
d, t, n, l
g, k, h
j, q, x
zh, ch, sh, r
z, c, s
母音の読み方は今回は触れませんが、子音だけで構成される音節は中国語にはないので普通は次のように声母を呼びます。
bo, po, mo, fo
de, te, ne, le
ge, ke, he
ji, qi, xi
zhi, chi, shi, ri
zi, ci, si
そして普通は次の表1のように、6種類の調音部位(唇音、舌尖音、舌根音、舌面音、そり舌音、舌歯音)と3種類の調音方法(無気音、有気音、その他)に分けて教えることが多いと思います。
表1.普通話の声母
無気音
|
有気音
|
その他
|
|
唇音
|
b
|
p
|
m, f
|
舌尖音
|
d
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t
|
n, l
|
舌根音
|
g
|
k
|
h
|
舌面音
|
j
|
q
|
x
|
そり舌音
|
zh
|
ch
|
sh, r
|
舌歯音
|
z
|
c
|
s
|
ここで用いている用語は中国語教育においてのみ使われる独特なものが多く、音声学的にはあまり正確ではないこともあります。
無気音と有気音の対立の概念が日本語の清音と濁音の対立とどう違うのかという話は当ブログでは深追いしません。
その辺の、実用的な普通話の発音が学べるサイトとしては以下のものを上げておきます。
http://www.coelang.tufs.ac.jp/mt/zh/pmod/practical/
またピンインとウェード式の違いを較べると面白いと思います。以下に並べてみます。
ピンイン → ウェード式
b, d, g, j, zh, z → p, t, k, ch, ch, ts
p, t, k, q, ch, c → p', t', k', ch', ch', ts'
m, n, l, r → m, n, l, j
f, h, x, sh, s → f, h, hs, sh, s
また、中国語には22番目の声母があります。
ゼロ声母です。ゼロ番目の声母というべきかもしれません。
わかり易い表現に直すと、子音を伴わず母音から始まる音節の字音がもつ声母です。
ピンインの仕組み上、ゼロ声母と組み合わさる場合と他の声母との場合で綴り方が変わる韻母もあるのですよね。詳しくはまた別の記事で取り上げます。
とにかく、綴り方が変わる規則によって、yやwで音節が始まるようにゼロ声母は表記されることがあります。ここでは
y, w, ø
のようにゼロ声母を3種類に分けて考えてみたいと思います。ここでのøはyとw以外でのゼロ声母のことです。
なぜこのようなことをするのか。
歴史的に存在していた子音が発音されなくなってゼロ声母化した場合が現在の中国語には少なからずあるのですが、それらの場合はほとんどyかwでピンインの綴りが始まる発音になっているのです。
しかし逆に、昔からゼロ声母で今ではyやwから始まるようになった字音も存在します。
さて、普通話の声母が一通り終わったところで三十六字母の話をしたいと思います。
三十六字母は中古音の声母を表すものですが、実際に中古音と呼ぶべき発音が存在していたころよりもの後の時代の仏僧たちが立てたものです。
後の時代の人たちが推定した中古音の声母と言っていいのかもしれません。
ウィキペディアにそれなりに詳しい説明があります。
で、私は次の表のようなローマ字転記方法を提案します。
三十六字母ピンインと呼んでよいでしょうか。
表2.三十六字母ピンインの提案
全清 | 次清 | 全濁 | 次濁 | ||
唇音 | 重唇音 | b | p | b̬̬ | m |
軽唇音 | f | pf | f̬ | w | |
舌音 | 舌頭音 | d | t | d̬ | n |
舌上音 | dh | th | d̬h | nh | |
半舌音 | l | ||||
歯音 | 歯頭音 | z | c | z̬ | |
s | s̬ | ||||
正歯音 | zh | ch | z̬h | ||
sh | s̬h | ||||
半歯音 | r | ||||
牙音 | g | k | g̬ | ng | |
喉音 | h | h̬ | |||
ø | y |
いくつか補足を。
- 次濁という言い方はだいぶ近代に近づいてからできたようで、長いことこれのことを不清不濁音とか清濁音などと言っていたらしい
- 日本語の清音と濁音という用語がそもそもこの表にあるような、中国音韻学の用語から来ている
- 現代の音声学で使われる用語で言うと全清音、次清音、全濁音、次濁音はそれぞれ「無声無気音の破裂音ないし破擦音および無声摩擦音」「無声有気音の破裂音ないし破擦音」「有声音の破裂音ないし破擦音および有声摩擦音」「共鳴音(阻害音でない肺臓気流音の有声音)」などと説明できる
- 日本語の発音に関しても時代によっては、カ行を牙音、サ行を歯音などのように呼ぶことが行われた
- 現在の中国語教育で無気音・有気音と呼んでいるものは三十六字母の全清音・次清音にそれぞれ対応する
三十六字母の具体的な音価についてはここではあまり触れたくありません。
ただピンイン化するに当たっては以下のような点に気をつけました。
(1) まず、現在の普通話のピンインとの対応をなるべくよくしたいと思いました。これは音価の対応ではなく音素としての対応です。たとえば、昔の発音の三十六字母ピンインでbで読む字であれば現在の普通話でもbで読む、というようなことです。
(2) 全濁音を表す符号として,国際音声記号で有声音を表す補助記号◌̬に相当するユニコードの結合文字(U+032C)を使うことにしました。ASCII文字しか使えない環境ではダブルクオーテーションマークを使ってb̬ → "bのように表すことにしようと思います。またこのf̬は英語のvのような音を想定していますが、vの文字を使いたくないのには理由があります。普通話のピンインでは、üが使えない電子媒体上の環境では代わりにvを使うという規則があり、紛らわしいからです。
(3) 舌上音の添字のhは、現在の普通話でそり舌音を表す(zhなど)hの使い方を参考にしています。ここでのdhはそり舌のタ行のつもりです。なお、nhは実際の中古音ではnと区別していなかっただろうと言われているそうです。
(4) 次清軽唇音はどう記すか少し迷いましたが結局pfにしました。現実にはfと区別していなかっただろうと言われているそうです。
(5) 三十六字母ピンインのw, r, ngは音価としてはンヴァ、ンジャ、ンガのようなものを想定しています。音価よりも現在の普通話との対応を重視してこのような綴り字にしました。
ところで、日本の漢字の音読みと三十六字母の間にも、整然とした対応関係があります。
ここでもウィキペディアに簡単にまとめられています。
そこで、三十六字母と普通話の声母、日本漢字音の子音を表2に書き込んだ表3を作って見ました。読みやすさのために普通話の声母を青色のフォント色で区別しています。
表3.三十六字母(上段)と普通話(中段)、日本漢字音(下段)
全清 | 次清 | 全濁 | 次濁 | ||
唇音 | 重唇音 | b b ハ |
p p ハ |
b̬ b, p ハ・バ |
m m バ・マ |
軽唇音 | f f ハ |
pf f ハ |
f̬ f ハ・バ |
w w バ・マ |
|
舌音 | 舌頭音 | d d タ |
t t タ |
d̬ d, t タ・ダ |
n n ダ・ナ |
舌上音 | dh zh タ |
th ch タ |
d̬h zh, ch タ・ダ |
nh n ダ・ナ |
|
半舌音 | l l ラ |
||||
歯音 | 歯頭音 | z z, j サ |
c c, q サ |
z̬ z, j, c, q サ・ザ |
|
s s, x サ |
s̬ s, x サ・ザ |
||||
正歯音 | zh zh サ |
ch ch サ |
z̬h zh, ch サ・ザ |
||
sh sh サ |
s̬h sh サ・ザ |
||||
半歯音 | r r ザ・ナ |
||||
牙音 | g g, j カ |
k k, q カ |
g̬ g, j, k, q カ・ガ |
ng y, w, n ガ |
|
喉音 | h h, x カ |
h̬ h, x カ・ガワ |
|||
ø ø, y, w アヤワ |
y y ヤワ |
もちろんこの表の通りではない、例外的なものも多くあります。
しかし大半の字はこの表に従います。
表3について、次のように3点ほど注意しておきます。
- 別の記事で話題にする予定ですが、三十六字母の全濁が全清と次清のどちらに変化したのかについては声調と深い関係があります。
- 普通話の舌面音(j, q, x)は三十六字母の歯頭音(z, c, z̬, s, s̬)に由来するものと牙喉音(g, k, g̬, h, h̬)に由来するものが合流してできています。
- 半歯音rに相当する日本漢字音は「ザ・ナ」行と表中に書きましたが、「ジャ・ニャ」行としたほうがわかり易いかもしれません。「日、柔、弱」などの字がこれに該当します。
最後になりますが、当ブログでは普通話の声母を以下のように8種類に分類することを提案します。
b, p, f → ハ行類
d, t → タ行類
g, k, h → カ行類
j, q, x → カ・サ行類
zh, ch, sh → サ・タ行類
z, c, s → サ行類
m, n, l, r → 鼻音・流音類
y, w, ø → ゼロ声母
最初の6種類については日本漢字音との対応が分かりやすいので「~行類」という言い方をすることにします。この場合、日本漢字音の清濁の区別は無視しています。
残りの二種類については日本漢字音との対応が悪いので、一方を中国式にそのままゼロ声母、もう一方を音声学的な用語を使って鼻音・流音類と呼ぶことにします。
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