まずは現在の普通話につながる発音の歴史的段階をざっと見てみます。
・上古音 (Old Chinese Pronunciation)
中古音より古い音。詩経の押韻の研究に基いて復元されます。
・中古音 (Middle Chinese Pronunciation)
何をもって中古音とするのかという問題は複雑です。
「隋唐時代の文化人たちの間で正しいと考えられていた音」と答えると多分70点くらいじゃないでしょうか。それ以降の時代の人たちが整理した要素も強いんですよね。
日本語や中国語諸方言を含め、現在の漢字文化圏の漢字の読み方の基礎になったとされるものであるのは間違いないのですが、むしろそういうものとして復元されたような感じがなくもないです。
・今古音 (Old Mandarin Pronunciation)
元代に民間歌謡の押韻の参考書として編まれた「中原音韻」という書物があります。
これをもとに復元された音韻体系が今古音です。現在の普通話につながる要素が多く見られます。
・老国音 (Old National Pronunciation)
中華民国の初期に整備された人工的な発音です。現在の普通話の基礎になった方言グループである北方官話と、上海や蘇州のことばを含む方言グループである呉語の特徴を併せ持っています。
この老国音による国音字典が出版されたのは1919年ですが、1924年には廃止されることが決められました。
「母語話者のいない言葉を共通語にしようとしてもダメだ」というような、批判的な姿勢で今でも扱われているようですが、私はこの老国音が結構好きです。清代の学者たちの漢字の発音に対する理解が反映されています。
・普通話 (Mandarin Pronunciation)
現在の日本人が一般に中国語というとき、その指すものは大陸では普通話、台湾では国語、シンガポール等の東南アジア圏では華語と呼ばれています。英語ではMandarin Chineseといいますね。ただし英語のMandarin Chineseに直接対応する漢語は官話(役人の話し言葉)です。
北京語を整備したもの、というよな説明がなされることもありますが、実際には北京よりもハルビンや長春の言葉が基礎になっています。
細かく見ていくとキリがないのですが、大雑把な認識としてはこんなところでいいと思います。
で、広東語。
普通話の話にテーマを絞るはずなのに、なぜここで広東語を話題に出すのか。
それは普通話よりも広東語のほうがある面では音節構造が単純だからです。
ここでは広東語の音節のしくみを見ながら、声母や韻母といった、伝統的な音韻学の用語を少し紹介します。
広東語の発音を表す方法には様々なものがあるのですが、ここではユッピン(粤拼)と呼ばれるものを用います。
このユッピンは19の声母と56の韻母、そして声調を表す数字で構成されます。
声調まで含めて正しく表記するとユッピンはjyut6 ping3です。
声母は音節の頭にくる子音です。
広東語の声母は以下の19個と、子音がない声母(ゼロ声母)の20個からなります。
b, p, m, f
d, t, n, l
g, k, ng, h
gw, kw, w
z, c, s, j
声調は漢字一文字を発音する間に起こる、音の高さの変化のパターンです。
広東語の声調は普通話よりも多くて説明が煩雑になるのでここでは立ち入らないことにします。
韻母の定義はものによって少しずつずれてくるのでやっかいです。
ユッピンの韻母は母音と音節末の子音をあわせたものと考えていいでしょう。
ちなみにこの母音を韻腹、音節末の子音を韻尾といいます。
ユッピンの韻母は
8つの韻腹 aa, a, o, oe (eo), e, u, yu, i
8つの韻尾 -i, -u, -m, -n, -ng, -p, -t, -k
から構成されます。韻尾がなく韻腹だけからなる韻母のほかに、韻腹がなく韻尾だけからなる韻母もあります。
参考に、ウィキペディアの記事はこちら。
ここからは少し雑学になりますが、広東語の発音には懶音という問題があります。広東語の教科書にユッピンで書かれているような発音よりも省略したような発音が実際に用いられているのですが、広東人たち自身はそれを正しくないものとして懶音 (lazy sound)と呼びます。たとえば声母のnとlは実際の会話では区別されません。
今日のところはこの辺で失礼します。
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